容疑者Xの献身

午前七时三十五分、石神はいつものようにアパートを出た。三月に入ったとはいえ、まだ风はかなり冷たい。マフラーに颚を埋めるようにして歩きだした。通りに出る前に、ちらりと自転车置き场に目を向けた。そこには数台并んでいたが、彼が気にかけている緑色の自転车はなかった。

南に二十メートルほど歩いたところで、太い道路に出た。新大桥通りだ。左に、つまり东へ进めば江戸川区に向かい、西へ行けば日本桥に出る。日本桥の手前には隅田川があり、それを渡るのが新大桥だ。

上海龙凤shlf最新地址石神の职场へ行くには、このまま真っ直ぐ南下するのが最短だ。数百メートル行けば、清澄庭园という公园に突き当たる。その手前にある私立高校が彼の职场だった。つまり彼は教师だった。数学を教えている。

上海龙凤shlf最新地址石神は目の前の信号が赤になるのを见て、右に曲がった。新大桥に向かって歩いた。向かい风が彼のコートをはためかせた。彼は両手をポケットに突っ込み、身体をやや前屈みにして足を送りだした。

厚い云が空を覆っていた。その色を反射させ、隅田川も浊った色に见えた。小さな船が上流に向かって进んでいく。それを眺めながら石神は新大桥を渡った。

桥を渡ると、彼は袂《たもと》にある阶段を下りていった。桥の下をくぐり、隅田川に沿って歩き始めた。川の両侧には游歩道が作られている。もっとも、家族连れやカップルが散歩を楽しむのは、この先の清洲桥あたりからで、新大桥の近くには休日でもあまり人が近寄らない。その理由はこの场所に来てみればすぐにわかる。青いビニールシートに覆われたホームレスたちの住まいが、ずらりと并んでいるからだ。すぐ上を高速道路が通っているので、风雨から逃れるためにもこの场所はちょうどいいのかもしれない。その证拠に、川の反対侧には青い小屋など一つもない。もちろん、彼等なりに集団を形成しておいたほうが何かと都合がいい、という事情もあるのだろう。 

上海龙凤shlf最新地址青い小屋の前を石神は淡々と歩き続けた。それらの大きさはせいぜい人间の背丈ほどで、中には腰ぐらいの高さしかないものもあった。小屋というより箱と呼んだほうがふさわしい。しかし中で寝るだけなら、それで十分なのかもしれない。小屋や箱の近くには、申し合わせたように洗濯ハンガーが吊されており、ここが生活空间であることを物语っていた。

堤防の端に作られた手すりにもたれ、歯を磨いている男がいた。石神がよく见かける男だった。年齢は六十歳以上、白髪混じりの髪を後ろで缚っている。働く気は、もうないのだろう。肉体労働をするつもりなら、こんな时间にうろうろしていない。そうした仕事の斡旋《あっせん》が行われるのは早朝だ。また、职安に行く予定もないのだろう。仕事を绍介されても、あの伸び放题の髪のままでは、面接に行くことすらできない。无论、あの年齢では、仕事を绍介される可能性もかぎりなくゼロに近いだろうが。

埘《ねぐら》のそばで大量の空き缶を溃《つぶ》している男がいた。そうした光景はこれまでにも何度か见ているので、石神はひそかに『缶男』という浑名《あだな》をつけていた。『缶男』は五十歳前後に见えた。身の回り品は一通り揃っているし、自転车まで持っている。おそらく、缶を集める际には机动性を発挥するに违いない。集団の一番端、しかも少し奥まった场所というのは、この中では特等席に思われる。だから『缶男』はこの一団の中では古株だろうと石神は睨《にら》んでいた。

青いビニールシートの住居の列が途切れてから少し行ったところで、一人の男がベンチに座っていた。元々はベージュ色だったと思われるコートは、薄汚れて灰色に近い。コートの下にはジャケットを着ているし、その下はワイシャツだ。ネクタイはたぷんコートのポケットに入っているのだろうと石神は推理した。石神は彼のことを『技师』と心の中で名付けていた。先日、工业系の雑志を読んでいるのを见たからだ。髪は短く保たれているし、髭も剃られている。だから『技师』はまだ再就职の道を谛《あきら》めてはいないのだ。今日もこれから职安に出向くつもりなのかもしれない。しかしおそらく仕事は见つからないだろう。彼が仕事を见つけるには、まずプライドを舍てねばならない。石神が『技师』の姿を初めて见たのは十日ほど前だ。『技师』はまだここの生活に驯染んでいない。青いビニールシートの生活とは一线を画したいと思っている。そのくせ、ホームレスとして生きていくにはどうすればいいかわからず、こんなところにいる。

上海龙凤shlf最新地址石神は隅田川に沿って歩き続けた。清洲桥の手前に、三匹の犬を散歩させている老妇人がいた。犬はミニチュアダックスフントで、赤、青、ピンクの首轮がそれぞれに付けられていた。近づいていくと彼女も石神に気づいたようだ。微笑み、小さく会釈してきた。彼も会釈を返した。

「おはようございます」彼のほうから挨拶した。

「おはようございます。今朝も冷えますね」

「全く」彼は顔をしかめてみせた。

老妇人の横を通り过ぎる时、「行ってらっしゃい。気をつけて」と彼女が声をかけてくれた。はい、と彼は大きく颔《うなず》いた。

彼女がコンビニの袋を提げているのを石神は见たことがある。袋の中身はサンドウィッチのようだった。たぶん朝食だろう。だから彼女は独り暮らしだと石神はふんでいる。住まいはここからさほど远くはない。以前、彼女がサンダル履《ば》きだったのを见ているからだ。サンダルでは车の运転はできない。つれあいをなくし、この近くのマンションで三匹の犬と暮らしているのだ。しかもかなり広い部屋だ。だからこそ三匹も饲える。また、その三匹がいるから、ほかのもっとこぢんまりとした部屋に越すこともできないのだ。ローンは终わっているかもしれないが、管理费はかかる。それで彼女は节约しなければならない。彼女はこの冬中、とうとう美容院には行かなかった。髪を染めることもしなかった。

上海龙凤shlf最新地址清洲桥の手前で、石神は阶段を上がった。高校へ行くには、ここで桥を渡らねばならない。しかし彼は反対方向に歩きだした。

道路に面して、『べんてん亭』という看板が出ている。小さな弁当屋だった。石神はガラス戸を开けた。

「いらっしゃいませ。おはようございます」カウンターの向こうから、石神の闻き惯れた、それでいていつも彼を新鲜な気分にさせる声が飞んできた。白い帽子をかぶった花冈靖子が笑っていた。

上海龙凤shlf最新地址店内にはほかに客はいなかった。そのことが彼を一层浮き浮きさせた。

「ええと、おまかせ弁当を……」

上海龙凤shlf最新地址「はい、おまかせひとつ。いつもありがとうございます」

上海龙凤shlf最新地址彼女が明るい声でいったが、どんな表情をしているのかは石神にはわからなかった。まともに顔を见られず、财布の中を覗き込んでいるところだったからだ。せっかく隣に住んでいるのだから、弁当の注文以外のことを语そうと思うのだが、话题が何ひとつ思い浮かばない。

上海龙凤shlf最新地址代金を支払う时になってようやく、「寒いですね」といってみた。だが彼のぼそぼそと呟《つぶや》くような声は、後から入ってきた客のガラス戸を开ける音にかき消されてしまった。靖子の注意もそちらに移ったようだ。

上海龙凤shlf最新地址弁当を手に、石神は店を出た。そして今度こそ清洲桥に向かった。彼が远回りをする理由、それは『べんてん亭』にあった。

朝の通勤时间が过ぎると『べんてん亭』は暇になる。しかしそれは来店客がいなくなるというだけのことだ。実际には、店の奥で昼に备えての仕込みが始まる。契约を结んでいる会社がいくつかあり、そこへは十二时までに配达しなければならない。客が来ない间は、靖子も厨房を手伝うことになる。

『べんてん亭』は靖子を入れて四人のスタッフで成り立っていた。料理を作るのは、経営者でもある米沢と、その妻の小代子《さよこ》だ。配达はアルバイトの金子の仕事で、店での贩売は殆ど靖子一人に任せられていた。

この仕事に就く前、靖子は锦糸町のクラブで働いていた。米沢はそこへしばしば饮みに来る客の一人だった。その店の雇われママである小代子が彼の妻だと靖子が知るのは、小代子が店を辞める直前のことだった。本人の口から闻かされたのだ。

「饮み屋のママから弁当屋の女房へ転身だってさ。人间、わかんねえもんだなあ」そんなふうに客たちは噂していた。しかし小代子によれば、弁当屋を経営するのが夫妇の长年の梦で、それを実现するために彼女も饮み屋で働いていた、ということらしい。

『べんてん亭』が开店すると、靖子も时々様子を见に行くようになった。店の経営は顺调のようだった。手伝ってくれないか、という申し出を受けたのは、开店から丸一年が経った顷だ。何もかも夫妇だけでこなすのは、体力的にも物理的にも无理が多すぎるということだった。

「靖子だって、いつまでも水商売をやってるわけにはいかないでしょ。美里ちゃんも大きくなって、そろそろおかあさんがホステスをやってることについて、コンプレックスを持ったりしちゃうよ」大きなお世话かもしれないけれど、と小代子は付け足した。

美里は靖子の一人娘だ。父亲はいない。今から五年前に离婚したのだ。小代子にいわれるまでもなく、今のままではいけないと靖子も考えていた。美里のことももちろんあるが、自分の年齢を考えると、いつまでクラブで雇ってもらえるか怪しかった。

结局一日考えただけで结论を出した。クラブでの引き留めもなかった。よかったねといわれただけだ。周りも年増ホステスの行く末を案じていたのだと思い知らされた。

昨年の春、美里が中学に上がるのを机に、今のアパートに引っ越した。それまでの部屋では『べんてん亭』まで远すぎるからだ。これまでとは违い、仕事は早朝から始まる。六时に起きて、六时半には自転车に乗ってアパートを出る。緑色の自転车だ。

「例の高校の先生、今朝も来た?」休憩している时に小代子が问いかけてきた。

「来たわよ。だって、毎日来るじゃない」

上海龙凤shlf最新地址靖子が答えると、小代子は亭主と顔を见合わせてにやにやした。

上海龙凤shlf最新地址「何よ、気持ち悪いなあ」

上海龙凤shlf最新地址「いや、べつに変な意味じゃないんだって。ただね、あの先生、あんたのことが好きなんじゃないかって、昨日话してたのよ」

上海龙凤shlf最新地址「えー」靖子は汤饮み茶碗を持ったまま、身をのけぞらせてみせた。

「だってさ、昨日はあんた休みだったでしょ。そうしたら、あの先生、来なかったんだよ。毎日来るのに、あんたがいない时だけ来ないって、おかしいと思わない?」

「たまたまでしょ、そんなの」

「それが、そうじゃないんじゃないかって……ねえ」小代子は亭主に同意を求めた。

米沢が笑いながら颔いた。

「こいつによるとね、ずっとそうだっていうんだよ。靖子ちゃんが休みの日には、あの先生は弁当を买いに来ない。前からそうじゃないかと思ってたけど、昨日确信したってね」

「だってあたしなんて、定休日以外は休む日はばらばらよ。曜日だって决まってないし」

上海龙凤shlf最新地址「だから余计に怪しいんだってば。あの先生、隣に住んでるんでしょ。たぶんあんたが出ていくのを见て、休みかどうかを确かめてるんだと思うな」

「えー、でも、家を出る时に会ったことなんてないわよ」

上海龙凤shlf最新地址「どっかから见てるんじゃないの。窓からとか」

上海龙凤shlf最新地址「窓からは见えないと思うけどなあ」

上海龙凤shlf最新地址「まあいいじゃないか。本当に気があるんなら、そのうちに何かいってくるよ。とにかくうちとしちゃあ、靖子ちゃんのおかげで固定客がついたわけだから、ありがたい话だ。さすがは锦糸町でならしただけのことはある」米沢が缔めくくるようにいった。

靖子は苦笑を浮かべ、汤饮み茶碗の残りを饮み干した。噂の高校教师のことを思い出していた。

石神という名字だった。引っ越した夜に挨拶に行った。高校の教师だということはその时に闻いた。ずんぐりした体型で、顔も丸く、大きい。そのくせ目は糸のように细い。头髪は短くて薄く、そのせいで五十歳近くに见えるが、実际はもっと若いのかもしれない。身なりは気にしないたちらしく、いつも同じような服ばかり着ている。この冬は、大抵茶色のセーターを着ていた。そのうえにコートを羽织った格好が、弁当を买いに来る时の服装だ。それでも洗濯はまめにしているらしく、小さなベランダには时々洗濯物が干してある。独身のようだが、おそらく结婚経験はないのだろうと靖子は想像している。

上海龙凤shlf最新地址あの教师が自分に気があると闻かされても、ぴんと来るものがまるでなかった。靖子にとっては、アパートの壁のひび割れのように、その存在を知りつつも、特别に意识したことはなく、また意识する必要もないもの、と思い込んでいたからだ。

会えば挨拶するし、アパートの管理面のことなどで相谈したこともある。しかし彼について靖子は殆ど何も知らなかった。最近になって、数学の教师だと知った程度だ。ドアの前に、古い数学の参考书类が、纽で缚って置いてあるのを见たのだ。

上海龙凤shlf最新地址デートなんかに诱ってこなければいいけれど、と靖子は思った。しかしその直後にひとりで苦笑した。あのいかにも坚物そうな人物がデートに诱ってくるとしたら、一体どんな顔をして切り出すのだろうと思った。

いつものように昼前から再び忙しくなり、正午を过ぎてピークになった。一段落したのは午後一时を回ってからだ。それもまたいつものパターンだった。

靖子がレジスターの纸を入れ替えている时だった。ガラス戸が开き、谁かが入ってきた。いらっしゃいませ、と声をかけながら彼女は客の顔を见た。その直後、彼女は冻りついた。目を见开き、声を出せなくなっていた。

「元気そうだな」男は笑いかけてきた。だがその目はどす黒く浊って见えた。

上海龙凤shlf最新地址「あんた……どうしてここに」

「そんなに惊くことはないだろう。俺だってその気になれば、别れた女房の居场所ぐらいは突き止められる」男は绀色のジャンパーのポケットに両手を突っ込み、店内を见回した。何かを物色するような目つきだった。

「今さら何の用?」靖子は鋭く、しかし声をひそめていった。奥にいる米沢夫妻に気づかれたくなかった。

上海龙凤shlf最新地址「そう目くじら立てるなって。久しぶりに会ったんだから、嘘でも笑ってみせたらどうなんだ。ああ?」男は嫌な笑みを浮かべたままだった。

上海龙凤shlf最新地址「用がないなら帰って」

「用があるから来たんだよ。折り入って话がある。ちょっとだけ抜けられないか」

「何马鹿なこといってるの。仕事中だってことは、见ればわかるでしょ」そう答えてから靖子は後悔した。仕事中でなければ话を闻いてもいい、という意味に受け取られてしまうからだ。

上海龙凤shlf最新地址男は舌なめずりをした。「仕事は何时に终わるんだ」

「あんたの话を闻く気なんかないよ。お愿いだから帰って。もう二度と来ないで」

「冷たいな」

「当たり前でしょ」

靖子は表に目を向けた。客が来てくれないかと思ったのだが、入ってきそうな人间はいない。

上海龙凤shlf最新地址「おまえにそんなに冷たくされたんじゃ仕方ないな。じゃあ、あっちに行ってみるか」男は首の後ろをこすった。

「何よ、あっちって」嫌な予感がした。

上海龙凤shlf最新地址「女房が话を闻いてくれないなら、娘に会うしかないだろ。中学校はこの近くだったな」男は、靖子が恐れていたとおりのことを口にした。「やめてよ、あの子に会うのは」

「じゃあ、おまえが何とかしろよ。俺はどっちだっていいんだ」

上海龙凤shlf最新地址靖子はため息をついた。とにかくこの男を追い払いたかった。

「仕事は六时までよ」

「早朝から六时までかよ。えらく长く働かされるんだな」

「あんたには関系ないでしょ」

「じゃあ、六时にまたここへ来ればいいんだな」

「ここへは来ないで。前の通りを右に真っ直ぐ行ったら、大きな交差点がある。その手前にファミレスがあるから、そこへ六时半に来て」

「わかった。絶対に来てくれよ。もし来なかったら――」

「行くわよ。だから、早く出ていって」

上海龙凤shlf最新地址「わかったよ。つれないな」男はもう一度店内を见回してから店を出た。立ち去る时、ガラス戸を乱暴に闭めた。

上海龙凤shlf最新地址靖子は额《ひたい》に手を当てた。軽い头痛が始まっていた。吐き気もする。絶望感がゆっくりと彼女の胸に広がっていった。

富樫慎二と结婚したのは八年前のことだ。当时、靖子は赤坂でホステスをしていた。その店に通ってくる客の一人だった。

外车のセールスをしているという富樫は、羽振りがよかった。高価なものをプレゼントしてくれるし、高级レストランにも连れていってくれた。だから彼からプロポーズされた时には、まるで『プリティ・ウーマン』のジュリア・ロバーツになったような気がしたものだ。靖子は最初の结婚に失败し、働きながら一人娘を育てるという生活に疲れていた。

上海龙凤shlf最新地址结婚当初は幸せだった。富樫の収入が安定していたから、靖子は水商売から足を洗うことができた。また彼は美里をかわいがってもくれた。美里も彼を父亲として受けとめようと努力しているように见えた。

上海龙凤shlf最新地址しかし破绽は突然やってきた。富樫が会社をくびになったのだ。原因は、长年に亘る使い込みがばれたことだった。会社から诉えられなかったのは、管理责任を问われるのを恐れた上司たちが、巧妙に事态を隠蔽《いんべい》したからだ。何のことはない。富樫が赤坂でばらまいていたのは、すべて汚れた金だったのだ。

それ以来、富樫は人间が変わった。いや、本性を现したというべきかもしれない。働かず、一日中ごろごろしているか、ギャンブルに出かけるかだった。そのことで文句をいうと、暴力をふるうようになった。酒の量も増えた。いつも酔っていて、凶暴な目をぎらつかせていた。

当然の成り行きとして、再び靖子が働きに出ることになった。しかしそうして稼いだ金を、富樫は暴力で夺った。彼女が金を隠すようになると、给料日に彼女よりも先に店へ出向き、胜手に受け取るという行为にまで及んだ。

上海龙凤shlf最新地址美里はすっかり义父を怖がるようになった。家で彼と二人きりになるのが嫌で、靖子の働く店までやってきたことさえあった。

上海龙凤shlf最新地址靖子は富樫に离婚を申し出たが、彼はまるで闻く耳を持たなかった。しつこく食い下がると、またしても暴力をふるわれるという有様だった。悩んだ末に彼女は、客に绍介してもらった弁护士に相谈した。その弁护士の働きかけで、富樫は渋々离婚届に判を押した。裁判になれば自分に胜ち目はなく、さらに慰谢料を请求されるだろうということは、彼にもわかっていたようだ。

上海龙凤shlf最新地址しかし问题はそれだけでは解决しなかった。离婚後も富樫はしばしば靖子たちの前に姿を见せた。用件は决まっていて、自分はこれから心を入れ替えて仕事に励むから、どうか复縁を検讨してくれないか、というのだった。靖子が彼を避けると、彼は美里に近づいた。学校の外で待ち伏せすることもあった。

上海龙凤shlf最新地址土下座までする彼の姿を见ていると、芝居とわかりつつ、哀れに思えた。一度は夫妇になった仲だけに、どこかに情が残っていたのかもしれない。つい、靖子は金を渡した。それが间违いだった。味をしめた富樫は、さらに频繁にやってくるようになった。卑屈な态度をとりつつも、厚かましさは増していくようだった。

靖子は店を移り、住所も変えた。かわいそうだと思いながらも美里を転校させた。锦糸町のクラブで働くようになってからは、富樫も现れなくなった。それからさらに引っ越しをし、『べんてん亭』で働き始めて一年近くになる。もはやあの疫病神と関わり合うことはないと信じていた。米沢夫妻には迷惑をかけられない。美里にも気づかれてはならない。何としてでも自分一人の力であの男が二度とやってこないようにしなければ――壁の时计を睨みながら靖子は决意を固めた。

约束の时刻になると、靖子はファミリーレストランに出向いた。富樫は窓际の席で烟草を吸っていた。テーブルの上にはコーヒーカップが载っていた。靖子は席につきながら、ウェイトレスにココアを注文した。他のソフトドリンクならおかわりが无料だが、长居する気はなかった。

「それで、用件というのは?」富樫を睨みながら讯いた。

彼はふっと唇を缓めた。「まあ、そう急《せ》くなよ」

「あたしだっていろいろと忙しいんだから、用があるなら早くいって」

上海龙凤shlf最新地址「靖子」富樫が手を伸ばしてきた。テーブルに置いた彼女の手に触れようとしているらしい。それを察知し、彼女が手を引くと、彼は口元を曲げた。「机嫌、悪いな」

「当たり前でしょ。一体何の用があって、あたしのことをつけ回すのよ」

「そんな言い方しなくたっていいだろ。こう见えても、俺だって真剣なんだぜ」

「何が真剣なのよ」

上海龙凤shlf最新地址ウェイトレスがココアを运んできた。靖子はすぐにカップに手を伸ばした。早く饮み终えて、さっさと席を立とうと考えていた。

上海龙凤shlf最新地址「おまえ、まだ独りなんだろ?」富樫が上目遣いした。

「どうでもいいでしょ、そんなこと」

「女一人で娘を育てていくなんてのは大変だぜ。これからますます金だってかかる。あんな弁当屋で働いてたって、将来の保证なんかないだろ。だからさ、もう一度考え直さないか。俺だって、昔とは违うんだ」

上海龙凤shlf最新地址「何が违うの? じゃあ讯くけど、ちゃんと働いてるの?」

「働くさ。仕事はもう见つけてあるんだ」

上海龙凤shlf最新地址「今の时点じゃ働いてないってことでしょ」

「だから仕事はあるといってるだろ。来月から働くことになってる。新しい会社だけど、轨道に乗ったら、おまえたちにも楽をさせてやれるはずだ」

「结构よ。それだけ稼げるんなら、ほかの相手を探したらいいでしょ。お愿いだから、もうあたしたちには构わないで」

上海龙凤shlf最新地址「靖子、俺にはおまえが必要なんだよ」

上海龙凤shlf最新地址富樫が再び手を伸ばしてきて、カップを持っている彼女の手を握ろうとした。触らないでよ、といって彼女はその手をふりほどいた。その拍子にカップの中身が少しこぼれ、富樫の手にかかった。热《あつ》っ、といって彼は手を引っ込めた。次に彼女を见つめた目には憎悪の色があった。

「调子のいいこといわないで。そんな言叶をあたしが信じるとでも思ってるの? 前にもいったけど、あたしにはあんたとよりを戻すつもりなんて、これっぽっちもないからね。いい加减に谛めて。わかった?」

上海龙凤shlf最新地址靖子は立ち上がった。富樫は无言で彼女を见つめている。その目を无视し、彼女はココア代をテーブルに置くと、出口に向かった。

上海龙凤shlf最新地址レストランを出た後は、そばに止めてあった自転车に跨《またが》り、すぐにこぎだした。ぐずぐずしていて富樫が追ってきたら面倒だと思った。清洲桥通りを直进し、清洲桥を渡ったところで左折した。

いうべきことはいったつもりだが、あれで富樫が谛めるとは思えなかった。近いうちにまた店に现れるだろう。靖子につきまとい、やがては店に迷惑がかかる事态を引き起こすことになる。美里の通う中学校にも现れるかもしれない。あの男は靖子が根负けするのを待っているのだ。根负けして金を出すとたかをくくっている。

上海龙凤shlf最新地址アパートに戻り、夕食の支度を始めた。といっても、店でもらってきた惣菜の残りを温め直す程度だ。それでも靖子の手はしばしば止まった。嫌な想像ばかりが膨らみ、つい上の空になってしまうからだ。

そろそろ美里が帰ってくる顷だった。バドミントン部に入った彼女は、练习の後、部员仲间たちとひとしきりおしゃべりをしてから帰路につくという。だから家に帰るのは、大抵七时を过ぎている。

上海龙凤shlf最新地址突然ドアホンが鸣った。靖子は讶《いぶか》しく思いながら玄関に出ていった。美里は键を持っているはずだ。

「はい」靖子はドアの内侧から讯いた。「どなた?」

上海龙凤shlf最新地址少し间があってから声が戻ってきた。「俺だよ」

上海龙凤shlf最新地址目の前が暗くなるのを靖子は感じた。嫌な予感は外れなかった。富樫はすでにこのアパートも叹ぎつけていたのだ。たぶん、『べんてん亭』から彼女の後をつけたことがあるのだろう。

靖子が答えないでいると、富樫はドアを叩き始めた。「おい」

彼女は头を振りながら键を外した。しかしドアチェーンはつけたままにしておいた。

上海龙凤shlf最新地址ドアを十センチほど开けると、すぐ向こうに富樫の顔があった。にっと笑ってきた。歯が黄色かった。

「帰ってよ。なんでこんなところまで来るのよ」

上海龙凤shlf最新地址「俺の话はまだ终わっちゃいないんだよ。おまえは相変わらず気が短いな」

「もうつきまとわないでっていってるでしょ」

上海龙凤shlf最新地址「话ぐらい闻いたらどうなんだよ。とにかく中に入れてくれ」

上海龙凤shlf最新地址「嫌よ。帰って」

上海龙凤shlf最新地址「入れてくれないなら、ここで待ってるぜ。そろそろ美里が帰ってくる顷だろ。おまえと话ができないなら、あいつとするよ」

上海龙凤shlf最新地址「あの子は関系ないでしょ」

「だったら入れてくれ」

「警察に连络するわよ」

「しろよ、胜手に。别れた女房に会いにきて何が悪い。警官だって、俺の味方をしてくれるさ。奥さん、部屋に入れてやるぐらいのことはいいじゃないですかってな」

上海龙凤shlf最新地址靖子は唇を噛んだ。悔しいが富樫のいうとおりだった。今までにも警官を呼んだことはある。しかし彼等が彼女を助けてくれたことは一度もない。

それに、こんなところで騒ぎを起こしたくなかった。保证人なしで入居させてもらっているだけに、少しでも妙な噂がたてば追い出されるおそれがあった。

「すぐに帰ってよ」

「わかってるよ」富樫は胜ち夸った顔になった。

ドアチェーンを外した後、改めてドアを开けた。富樫はじろじろと室内を眺めながら靴を脱いだ。间取りは2Kだ。入ってすぐのところが六畳の和室で、右侧に小さな台所がついている。奥に四畳半の和室があり、その向こうがベランダだ。

「狭くて古いけど、まあまあいい部屋じゃねえか」富樫は図々しく、六畳间の中央に据えられている炬燵《こたつ》に足を入れた。「なんだよ、スイッチが入ってねえぞ」そういうと胜手に电源スイッチを入れた。

「あんたの魂胆はわかってるわよ」靖子は立ったまま富樫を见下ろした。「なんだかんだいってるけど、结局はお金でしょ」

「なんだよ。どういう意味だい」富樫はジャンパーのポケットからセブンスターの箱を出した。使い舍てライターで火をつけてから周辺を见回した。灰皿がないことに気づいたようだ。身体を伸ばし、不燃物用ゴミ袋の中から空き缶を见つけ出すと、それに灰を落とした。

「あたしに金をたかろうとしてるだけでしょってこと。要するにそうなんでしょ」

上海龙凤shlf最新地址「まあ、おまえがそう思うってんなら、それでもいいけどさ」

「お金なんて、一円も出さないから」

「ふうんそうかい」

「だから帰って。もう来ないで」

靖子がいい放った时、ドアが势いよく开き、制服姿の美里が入ってきた。彼女は来客の存在に気づき、一旦立ち尽くした。それから客の正体を知り、怯《おび》えと失望の混じった表情を浮かべた。

その手からバドミントンのラケットが落ちた。

「美里、久しぶりだな。大きくなったじゃないか」富樫が能天気な声を出した。

上海龙凤shlf最新地址美里は靖子をちらりと见ると、运动靴を脱ぎ、无言で部屋に上がってきた。そのまま奥の部屋まで进むと、仕切の袄《ふすま》をぴったりと闭じた。

富樫がゆっくりと口を开いた。

上海龙凤shlf最新地址「おまえがどう思ってるのかは知らないが、俺はただやり直したいだけなんだ。それを頼むのが、そんなに悪いことかね」

「あたしにはそんな気はないといってるでしょ。あんただって、あたしが承知するなんて思っちゃいないでしょ。ただ、あたしにつきまとう理由にしてるだけじゃない」

上海龙凤shlf最新地址図星のはずだった。しかし富樫はこれには答えず、テレビのリモコンのスイッチを入れた。アニメ番组が始まった。

靖子は吐息をつき、台所に行った。流し台の横の引き出しに财布を入れてある。そこから一万円札を二枚抜いた。

上海龙凤shlf最新地址「これでもう勘弁して」炬燵の上に置いた。

「何だよそれ。金は出さないんじゃなかったのか」

「これが最後よ」

「いらねえよ、そんなもの」

「手ぶらで帰る気はないんでしょ。もっと欲しいんだろうけど、うちだって苦しいんだから」

上海龙凤shlf最新地址富樫は二万円を见つめ、それから靖子の顔を眺めた。

上海龙凤shlf最新地址「仕方ねえな。じゃあ、帰ってやるよ。いっとくけど、俺は金はいらないっていったんだからな。それをおまえが无理に渡したんだ」

富樫は一万円札をジャンパーのポケットにねじ込んだ。烟草の吸い殻を空き缶の中に放り込み、炬燵から抜け出した。だが玄関には向かわず、奥の部屋に近づいた。袄をいきなり开けた。美里の、ひっという声が闻こえた。

「ちょっとあんた、何やってんのよ」靖子は声を尖《とが》らせた。

「义理の娘に挨拶ぐらいしたってかまわねえだろ」

「今は娘でも何でもないじゃないの」

「まあいいじゃねえか。じゃあ美里、またな」富樫は部屋の奥に向かっていった。美里がどうしているのかは靖子には见えない。

富樫はようやく玄関に向かった。「あれはいい女になるぜ。楽しみだな」

「何、くだらないこといってるのよ」

「くだらなくはねえぜ。あと三年もすれば稼げるようになる。どこでも雇ってくれるよ」

上海龙凤shlf最新地址「ふざけないで。早く帰って」

「帰るよ。今日のところはな」

「もう絶対に来ないで」

「さあ、それはどうかな」

「あんた……」

「いっておくがな、おまえは俺から逃げられないんだ。谛めるのはそっちのほうだよ」富樫は低く笑った。そして靴を履くために腰を屈めた。

その时だった。靖子の背後で物音がした。振り返った时には、制服姿の美里がすぐそばまで来ていた。彼女は何かを振り上げていた。

靖子は止めることも、声を出すこともできなかった。美里は富樫の後头部を殴りつけていた。

上海龙凤shlf最新地址钝い音がして、富樫はその场に倒れた。