きゅっきゅっとシューズの底が滑る音がした。それとほぼ同时に、小さな破裂音のようなものも闻こえる。草薙にとって懐かしい音だった。

体育馆の入り口に立ち、中を覗いた。手前のコートで汤川がラケットを构えていた。太股の肉は、若い顷に比べてさすがに少し衰えたようだ。しかしフォームは変わらない。

相手のプレーヤーは学生のようだ。なかなかの腕前で、汤川のいやらしい攻撃にも振り回されない。

学生のスマッシュが决まった。汤川はその场に座り込んだ。苦笑して、何かいっている。

その目が草薙を捉えた。学生に一声かけた後、汤川はラケットを手に近づいてきた。

「今日は何の用だ」

汤川の问いに、草薙は小さくのけぞった。

上海龙凤shlf最新地址「その言いぐさはないだろう。そっちが电话をかけてきたみたいだから、何の用かと思って、やってきたんじゃないか」

草薙の携帯电话に、汤川からの着信记録が残っていたのだ。

上海龙凤shlf最新地址「なんだ、そうか。大した用じゃないから、メッセージは残さなかったんだ。ケータイの电源を切ってるぐらいだから、余程忙しいんだろうと気をきかせてね」

「その时间は映画を见てたんだ」

上海龙凤shlf最新地址「映画? 勤务中にかい。いい御身分だな」

上海龙凤shlf最新地址「そうじゃなくて、例のアリバイ确认のためだ。一応、どんな映画か见ておこうと思ってね。でなきゃ、容疑者のいってることの信凭《しんぴょう》性を确かめられないだろ」

上海龙凤shlf最新地址「いずれにしても役得だな」

「仕事で见るんじゃ、楽しくも何ともないんだよ。大した用じゃないなら、わざわざ来るんじゃなかったな。研究室に电话をかけたんだけど、おまえは体育馆にいるっていうしさ」

「まあせっかくだから、一绪に饭でも食おう。それに用があるのは事実だし」汤川は入り口で脱ぎ舍ててあった靴に履き替えた。

「一体何の用だ」

「その件だよ」歩き始めながら汤川はいった。

「その件って?」

汤川は立ち止まり、草薙のほうにラケットを突き出した。「映画馆の件だ」

大学のそばにある居酒屋に入った。草薙が学生时代にはなかった店だ。二人は一番奥のテーブルについた。

上海龙凤shlf最新地址「容疑者たちが映画に行ったといっているのが、事件発生の今月十日だ。で、容疑者の娘が十二日にそのことを同级生に话している」汤川のコップにビールを注ぎながら草薙はいった。「ついさっき、その确认をしてきた。俺が映画を见たのは、その下准备だ」

「言い訳はわかったよ。それで同级生から话を闻いた结果はどうだった」

「何ともいえないな。その子によると不自然なところはなかったらしい」

上野実香というのが、その同级生の名前だ。彼女はたしかに十二日に、花冈美里から母亲と映画に行った话を闻かされたという。その映画は実香も见たので、二人で大いに盛り上がったとのことだった。

「事件の二日後というのが引っかかるな」汤川がいった。

「そうなんだ。映画を见た者同士で盛り上がりたいなら、翌日すぐに话をするのがふつうだろ。それで俺はこう考えてみた。映画を见たのは十一日じゃないか、とね」

「その可能性はあるのか」

「ない、ともいいきれない。容疑者は仕事が六时までだし、娘もバドミントンの练习を终えてすぐに帰れば、七时からの上映に间に合う。実际、そういうふうにして十日は映画馆に行ったと主张しているわけだし」

上海龙凤shlf最新地址「バドミントン? 娘はバドミントン部か」

上海龙凤shlf最新地址「最初に访ねていった时、ラケットが置いてあったんで、すぐにわかったんだ。そう、そのバドミントンというのも気になっている。おまえももちろん知ってるだろうけど、あれはかなり激しいスポーツだ。中学生とはいえ、クラブの练习をすればくたくたに疲れる」

「君のように要领よくさぼれば话は别だがね」おでんのコンニャクに辛子を涂りながら汤川はいった。

上海龙凤shlf最新地址「话の腰を折るなよ。要するに俺がいいたいのは」

「クラブの练习でくたくたになった女子中学生が、その後で映画馆に行くのはともかく、夜遅くまでカラオケボックスで歌っていたというのは不自然だ――そういいたいわけだろ」

上海龙凤shlf最新地址草薙は惊いて友人の顔を见た。まさにそのとおりだった。

「でも一概に不自然とはいえないぜ。体力のある女の子だっているわけだし」

「それはまあそうだけど、痩せてて、见るからに体力がなさそうなんだよな」

「その日は练习がきつくなかったのかもしれない。それに、十日の夜にカラオケボックスに行ってたことは确认できてるんだろ」

「まあな」

「カラオケボックスに入った时刻は?」

「九时四十分」

上海龙凤shlf最新地址「弁当屋の仕事は六时までだといったな。现场は筱崎だから、往复の时间を引いて、犯行に使えるる时间は二时间ほどか。まあ、不可能ではないか」汤川は割り箸を持ったまま腕组みした。

その様子を见ながら、容疑者の仕事が弁当屋だという话をしたかなと草薙は思った。

「なあ、どうして急に今度の事件に兴味を持ったんだ。おまえから、捜査の进捗《しんちょく》状况を教えてくれというなんて珍しいじゃないか」

「兴味というほどのことはない。何となく気になっただけさ。鉄壁のアリバイとかっていう话は嫌いじゃない」

上海龙凤shlf最新地址「鉄壁というか、确认しにくいアリバイだから弱ってるんだ」

上海龙凤shlf最新地址「その容疑者は、君たちがいうところのシロじゃないのか」

「そりゃそうかもしれんが、今のところほかに怪しい人间が浮かんでこないんだよな。それに、事件の夜にたまたま映画やカラオケに行ってたなんて、都合がよすぎると思わんか」

「君の気持ちはわかるけど、理性的な判断も必要だぜ。アリバイ以外の部分に目を向けたほうかいいんじゃないか」

上海龙凤shlf最新地址「いわれなくても、地道なこともやってるよ」草薙は椅子にかけたコートのポケットから、一枚のコピー用纸を取り出し、テーブルの上で広げた。そこには男の絵が描いてある。

「何だい、これ」

上海龙凤shlf最新地址「被害者が生きていた时の格好をイラストにしてみたんだよ。これを持って、何人かの刑事が筱崎駅の周辺を闻き込みしてる」

「そういえば、衣类は燃え残ってたという话だったな。绀のジャンパーにグレーのセーター、黒っぼい色のズボンか。どこにでもいそうだな」

上海龙凤shlf最新地址「だろ? こんな男を见たような気がするっていう话は、うんざりするほどあるらしい。闻き込みの连中は参ってるよ」

「すると、役に立ちそうな情报は今のところなしか」

「まあね。一つだけ、駅のそばでこれと同じ格好の怪しい男を见た、という情报はあるんだけどな。何をするでもなくぶらぶらしていたのをOLが目撃している。このイラストは駅に张ってあるから、それを见て通报してくれたんだ」

上海龙凤shlf最新地址「协力的な人もいるものだな。そのOLからもう少し详しく话を讯いたらどうだ」

上海龙凤shlf最新地址「いわれなくてもそうしたさ。ところが、どうも被害者とは别人らしい」

「どうしてわかった」

「駅は駅でも筱崎じゃなくて、その一つ手前の瑞江《みずえ》駅で见たんだとさ。それに、顔も违うようだ。被害者の写真を见せたところ、もっと丸顔だったような気がするとかいってた」

「ふうん、丸顔か……」

上海龙凤shlf最新地址「ま、俺たちの仕事はそういう空振りの缲り返しなんだけどさ。おまえたちみたいに、理屈が通れば认められるっていう世界とはわけが违うんだ」崩れたジャガイモを箸ですくいながら草薙はいった。だが汤川の反応は何もない。顔を上げると、彼は両手を軽く握り、宙を睨んでいた。

草薙がよく知る、この物理学者が思索にふけった时の表情だった。

上海龙凤shlf最新地址汤川の目の焦点が徐々に合ってきた。その视线が草薙に向いた。

「死体は顔を溃されていたそうだな」

「そうだ。ついでに指纹も焼かれていた。身元をわからなくしたかったからだろう」

「顔を溃すのに使った道具は?」

上海龙凤shlf最新地址草薙は周囲に闻き耳をたてている人间がいないことを确认してから、テーブルの上に身を乗り出した。

「発见はされてないが、おそらく犯人がハンマーか何かを用意していたんだろう。道具を使って、顔面を何度か叩いて骨を崩したんだろうとみられている。歯も颚もぐちゃぐちゃに崩れてるから、歯科医のカルテとの照合も不可能だ」

「ハンマーねえ……」汤川はおでんの大根を箸で割りながら呟いた。

上海龙凤shlf最新地址「それがどうかしたのか」草薙は讯いた。

汤川は箸を置き、テーブルに両肘を载せた。

上海龙凤shlf最新地址「その弁当屋の女性が犯人だとしたら、その日はどういう行动をとったと君は考えているんだ。映画馆に行ったというのは嘘だと思っているんだろ」

「嘘だと决めつけてるわけじゃない」

「まあいいから、君の推理を闻かせてくれよ」そういって汤川は手招きし、もう一方の手でコップを倾けた。

草薙は顔をしかめ、唇を舐めた。

「推理というほどのものじゃないけど、俺はこう考えている。弁当屋の……面倒臭いからA子ってことにしておこう。A子が仕事を终えて店を出たのが六时过ぎだ。そこから浜町駅まで歩いて约十分。地下鉄に乗って筱崎駅までは约二十分。駅からはバスかタクシーを使い、现场の旧江戸川近くまで行ったとすれば、七时には现场に到着していたはずだ」

「その间の被害者の行动は?」

「被害者もまた现场に向かっていた。おそらくA子と会う约束を交わしていたんだ。ただし被害者は筱崎駅からは自転车を使っている」

「自転车?」

「そう。死体のそばに自転车が放置されていて、ついていた指纹が被害者のものと一致した」

上海龙凤shlf最新地址「指纹? 焼かれてたんじゃなかったのか」

上海龙凤shlf最新地址草薙は颔いた。

「だから死体の身元が判明してから确认できたことだ。被害者が借りていたレンタルルームから采取された指纹と一致したという意味さ。おっと、おまえのいいたいことはわかるぞ。それだけでは、レンタルルームの借り主が自転车を使ったということは证明できても、死体本人とはかぎらないというんだろ。もしかしたらレンタルルームの借り主が犯人で、そいつが自転车を使ったのかもしれないからな。ところがどっこい、ちゃんと部屋に落ちていた毛髪も确认した。死体と合致したよ。ついでにいうとDNA监定も行われている」

上海龙凤shlf最新地址草薙の早口に汤川は苦笑を浮かべた。

上海龙凤shlf最新地址「今时、警察が身元确认でミスをするとは思っちゃいないよ。それより、自転车を使ったというのは兴味深いな。被害者は筱崎駅に自転车を置いていたのか」

上海龙凤shlf最新地址「いや、それがさ――」

草薙は盗难自転车にまつわるエピソードを汤川に话した。

汤川は金縁眼镜の奥の目を见开いた。

「すると被害者は现场に行くのに、わざわざ駅で自転车を盗んだというのか。バスやタクシーを使わずに」

上海龙凤shlf最新地址「そういうことになる。调べたところでは、被害者は失业中で、ろくに金を持ってなかった。バス代も惜しかったんだろうな」

汤川は釈然としない顔つきで腕を组み、鼻から大きく息を吐いた。

「まあいい。とにかく、そのようにしてA子と被害者は现场で会ったわけだな。後を続けてくれ」

上海龙凤shlf最新地址「待ち合わせをしていたとしても、A子はどこかに隠れていたと思う。被害者が现れるのを见て密かに背後から近づく。手にした纽を被害者の首にかけ、思いきり绞めた」

上海龙凤shlf最新地址「ストップ」汤川が片手を広げて出した。「被害者の身长は?」

「百七十センチ少々」草薙は舌打ちしたい気持ちを抑えて答えた。汤川が何をいいたいのかはわかっていた。

「A子は?」

「百六十ってところかな」

「十センチ以上の差か」汤川は頬杖をつき、にやりと笑った。「仆のいいたいことはわかっているよな」

「たしかに自分よりも背の高い人间を绞杀するのは难しい。首についた痕の角度からも、上方に引っ张り上げられるように绞められたことは明白だ。だけど、被害者が座っていたことも考えられる。自転车に跨った状态だったのかもしれない」

「なるほどね、屁理屈はつけられるわけか」

「屁理屈じゃないだろ」草薙は拳《こぶし》でテーブルを叩いた。

「それから? 服を脱がし、持参してきたハンマーで顔を溃し、ライターで指纹を焼く。服を燃やし、现场から逃走する。そういうことかい」

上海龙凤shlf最新地址「锦糸町に九时に着くことは不可能じゃないだろ」

上海龙凤shlf最新地址「时间的にはね。だけど、その推理にはずいぶんと无理がある。まさか捜査本部の人间全员が、君のその考えに同调しているんじゃないだろうな」

草薙は口を歪め、ピールを饮み干した。通りかかった店员におかわりを注文してから汤川のほうに顔を戻した。

上海龙凤shlf最新地址「女には无理じゃないかっていう意见が多いよ」

上海龙凤shlf最新地址「だろうな。いくら不意を袭ったところで、男に抵抗されたら绞杀なんてできっこない。そして男は絶対に抵抗する。その後の死体処理にしても女性には难しい。残念だが、仆も草薙刑事の意见には賛成しかねるな」

「まあ、おまえならそういうだろうと思ったよ。俺だって、この推理が当たりだと信じているわけじゃない。いろいろとある可能性のひとつだと思っているだけで」

「ほかにもアイデアがありそうな口ぶりだな。せっかくだから、けちけちしないで、别の仮説を开陈したらどうだ」

「もったいぶってるわけじゃない。今のは、死体の见つかった场所が犯行现场だと考えた场合の话だ。别の场所で杀して、あの现场に舍てたということも考えられる。捜査本部では、そっちの説をとる人间のほうが今のところは多い。A子が犯人かどうかはともかくとしてな」

上海龙凤shlf最新地址「ふつうならそっちをとるだろうな。ところが草薙刑事はその説を第一には推さない。そのわけは?」

上海龙凤shlf最新地址「简単なことだ。A子が犯人ならそれはない。彼女は车を持ってないからな。それ以前に运転ができない。これでは死体を运ぶ方法がない」

「なるほど。それは无视できない点だな」

上海龙凤shlf最新地址「それから现场に残された自転车のことがある。そこが犯行现场だと思わせるための伪装工作という考え方もできるが、指纹をつけておいた意味がない。死体の指纹のほうは焼いているわけだからな」

上海龙凤shlf最新地址「たしかにその自転车は谜だな。あらゆる意味で」汤川はピアノを弾くようにテーブルの縁で五本の指を动かした。その动きを止めてからいった。「いずれにしても男の犯行、と考えたほうがいいんじゃないかな」

上海龙凤shlf最新地址「それが捜査本部の主流意见だよ。だけど、A子と切り离して考えているわけじゃない」

「A子に男の共犯者がいるというわけか」

「今、彼女の周辺を洗っているところだ。元々はホステスだからな、男関系が全くないなんてことはないはずだ」

「全国のホステスが闻いたら怒りそうな発言だな」汤川はにやにやしてビールを饮んでから真顔に戻った。「さっきのイラストを见せてくれないか」

「これか」草薙は被害者の服装のイラストを差し出した。

汤川はそれを见ながら呟いた。

上海龙凤shlf最新地址「犯人は何のために死体の服を脱がせたんだろう」

「そりゃあ身元をわからなくするためだろう。顔や指纹を溃したのと同じだ」

上海龙凤shlf最新地址「それなら脱がした服を持ち去ればいいじゃないか。燃やそうとなんかしたから、中途半端に燃え残って、结局こういうイラストを作られてしまった」

「あわててたんだろ」

上海龙凤shlf最新地址「そもそも、财布や免许证の类ならともかく、服や靴で身元が判明するだろうか。死体の服を脱がすなんていうのはリスクが大きすぎる。犯人としては一刻も早く逃げたいはずなのにさ」

「一体何がいいたいんだ。服を脱がした理由がほかにあるというのか」

「断言はできない。だけどもしあるとすれば、それがわからないかぎり、おそらく君たちは犯人を突き止められないだろうな」そういって汤川はイラストの上に、指で大きくクエスチョンマークを书いた。

上海龙凤shlf最新地址期末试験における二年三组の数学の成绩は惨憺《さんたん》たるものだった。三组にかぎらず、二年生全体の出来が悪い。年々、生徒たちは头の使い方が下手になっている、と石神は感じていた。

上海龙凤shlf最新地址答案用纸を返した後、石神は追试験の予定を発表した。この学校では、すべての科目について最低ラインが决められていて、それをクリアしないことには生徒は进级できない仕组みになっている。もちろん実际には追试験が何度も行われるから、落第生が出るのは极めて稀だ。

追试験と闻いて不満の声が上がった。いつものことだから石神は无视していたが、彼に向かって言叶を発した者がいた。

上海龙凤shlf最新地址「先生さあ、受験に数学のない大学だってあるんだし、そういうところを受ける者は、もう数学の成绩なんてどうだっていいんじゃないの?」

声のほうを石神は见た。森冈という生徒が首の後ろを掻きながら、なあ、と周りの者に同意を求めていた。小柄だが、クラスのボス的な存在であることは、担任ではない石神も承知していた。通学にこっそりバイクを使い、何度も注意を受けている。

上海龙凤shlf最新地址「森冈はそういう大学を受けるのか」石神は讯いた。

「受けるとしたらそういう大学だよ。まあ、今のところ大学に行く気はねえし、どっちにしても三年になったら数学なんて选択しないからさ、もういいじゃんよ、数学の成绩なんてどうでも。先生だって大変だろ、俺たちみたいな马鹿に付き合うのはさあ。だからここはお互いに、何ていうか、大人の対応をしようぜ」

上海龙凤shlf最新地址大人の対応といったのがおかしかったらしく、皆が笑った。石神も苦笑した。

「俺が大変だと思ってくれるんなら、今度の追试で合格してくれ。范囲は微分积分だけだ。どうってことない」

上海龙凤shlf最新地址森冈は大きく舌打ちした。横にはみ出させた脚を组んだ。

上海龙凤shlf最新地址「微分积分なんて一体何の役に立つんだよ。时间の无駄だろうが」

上海龙凤shlf最新地址期末试験の问题に関する解説を始めようと黒板に向かいかけていた石神だったが、森冈の台词に振り返った。闻き逃せない発言だった。

上海龙凤shlf最新地址「森冈はバイクが好きだそうだな。オートレースを见たことあるか」

唐突な质问に、森冈は戸惑った顔で颔いた。

上海龙凤shlf最新地址「レーサーたちは一定速度でバイクを走らせるわけじゃない。地形や风向きに応じてだけでなく、戦略的な事情から、たえず速度を変えている。どこで我慢し、どこでどう加速するか、一瞬の判断が胜负を分ける。わかるか」

上海龙凤shlf最新地址「わかるけど、それが数学と何の関系があるわけ?」

「この、加速する度合いというのが、その时点での速度の微分だ。さらにいえば、走行距离というのは、刻々と変化する速度を积分したものだ。レースの场合は当然、どのバイクも同じ距离を走るわけだから、胜つには速度の微分をどうするか、というのが重要な要素になってくる。どうだ、これでも微分积分は何の役にも立たないか」

石神の话した内容が理解できないのか、森冈は困惑した表情を浮かべた。

「だけどさ、レーサーはそんなこと考えてないぜ。微分とか积分とかなんて。経験と勘で胜负してるんだと思うな」

「もちろん彼等はそうだろう。だけどレーサーをバックアップしているスタッフはそうじゃない。どこでどう加速すれば胜てるか、绵密にシミュレーションを缲り返し、戦略を练り上げる。その时に微分积分を使う。本人たちに使っている意识はないかもしれないが、それを応用したコンピュータソフトを使っているのは事実だ」

「だったら、そのソフトを作る人间だけが数学を勉强すりゃいいじゃねえか」

上海龙凤shlf最新地址「そうかもしれないが、森冈がそういう人间にならないともかぎらないだろ」

上海龙凤shlf最新地址森冈は大きくのけぞった。

上海龙凤shlf最新地址「俺がそんなもんになるわけないよ」

「森冈じゃなくても、ここにいるほかの谁かがなるかもしれない。その谁かのために数学という授业はある。いっておくが、俺が君たちに教えているのは、数学という世界のほんの入り口にすぎない。それがどこにあるかわからないんじゃ、中に入ることもできないからな。もちろん、嫌な者は中に入らなくていい。俺が试験をするのは、入り口の场所ぐらいはわかったかどうかを确认したいからだ」

上海龙凤shlf最新地址途中から石神は、クラス全员を见渡していた。数学は何のために勉强するのか――毎年、谁かがその质问を発する。そのたびに彼は同じようなことを话してきた。今回は相手がバイク好きだと知っていたからレースを例に出した。昨年は、ミュージシャン志望の生徒に音响工学で使われる数学について话した。その程度のことは石神にとって何でもなかった。

上海龙凤shlf最新地址授业を终えて职员室に戻ると、机の上にメモが载っていた。携帯电话の番号が记してあり、『汤川という方からTELあり』と雑な字で书いてある。同僚の数学教师の笔迹だ。

上海龙凤shlf最新地址あの汤川が何の用だろう――根拠のない胸騒ぎがした。

上海龙凤shlf最新地址携帯电话を手に、廊下へ出た。メモの番号にかけてみると、一回の呼出音で繋がった。

「忙しいところ、申し訳ない」いきなり汤川がいった。

「何か急用でも?」

「うん、急用といえば急用かな。今日、これから会えないか」

「これからか……まだ少しやらなきゃならないことがある。五时以降なら会えないこともないが」先程の授业が六时限目で、すでに各教室ではホームルームが行われている。石神は担任クラスを持っていないし、柔道场の键の管理は、ほかの教师に任せることが可能だ。

「じゃあ、五时に正门の前で待っているよ。それでどうだい」

「构わないけど……今、どこにいるんだ」

「君の学校のそばだ。じゃあ、後で」

「わかった」

电话を切った後も、石神は携帯电话を握りしめていた。わざわざ访ねてくるほどの急用とは一体何なのか。

试験の采点などをして帰り支度を済ませると、ちょうど五时になっていた。石神は职员室を出て、グラウンドを横切るように正门に向かった。

正门の前にある横断歩道の脇に、黒いコートを羽织った汤川の姿があった。石神を见て、にこやかに手を振ってきた。

上海龙凤shlf最新地址「わざわざ済まなかったな」汤川が笑顔で声をかけてきた。

「何なんだ、突然こんなところまでやってきたりして」石神も表情を和ませて讯いた。

上海龙凤shlf最新地址「まあ、歩きながら话そう」

上海龙凤shlf最新地址汤川が清洲桥通り沿いに歩きだした。

「いや、こっちだ」石神は脇道を指した。「この道を真っ直ぐ行ったほうが、俺のアパートには近い」

「あそこに行きたいんだよ。例の弁当屋に」汤川はさらりといった。

「弁当屋……どうして?」石神は顔が强张るのを感じた。

「どうしてって、そりゃあ弁当を买うためだよ。决まってるじゃないか。今日、ほかにも寄るところがあって、ゆっくり食事をしている暇はなさそうだから、今のうちに晩饭を确保しておこうと思ってね。おいしいんだろ、そこの弁当は。何しろ、君が毎朝买ってるぐらいなんだから」

「ああ……そうか。わかった、じゃあ、行こう」石神もそちらに足を向けた。

上海龙凤shlf最新地址清洲桥に向かって、二人并んで歩きだした。脇を大きなトラックが走り抜けていく。

上海龙凤shlf最新地址「先日、草薙に会ってね。ほら、前も话した、君のところに行ったという刑事だよ」

汤川の言叶に石神は紧张した。嫌な予感が一层大きくなった。

「彼が何か?」

「まあ大したことじゃないんだ。彼は仕事に行き诘まると、すぐに仆のところに愚痴をこぼしに来る。しかも、いつも厄介な问题を抱えてるから始末が悪い。以前なんか、ポルターガイストの谜を解いてくれなんていいだしてね、大いに迷惑したものだ」

汤川はそのポルターガイスト谈を话し始めた。たしかに兴味深い事件ではあった。しかしそんなものを闻かせたくて、わざわざ石神に会いに来たわけではないはずだった。

石神が、彼の本来の目的を讯こうと思っているうちに、『べんてん亭』の看板が见えてきた。

上海龙凤shlf最新地址汤川と二人で店に入っていくことに、石神は不安を覚えた。自分たちを见て、靖子がどんな反応を示すか予想できなかったからだ。こんな时间に石神が现れること自体、异例のことなのに、连れがいるとなれば、何か余计なことを深読みするかもしれない。彼女が不自然な态度をとらねばいいが、と愿った。

彼のそんな思いなどお构いなしに、汤川は『べんてん亭』のガラス戸を开け、中に入っていった。仕方なく、石神も後に続いた。靖子は他の客の相手をしているところだった。

「いらっしゃいませ」靖子は汤川に向かって爱想笑いをし、次に石神のほうを见た。その途端、惊きと戸惑いの色が彼女の顔に浮かんだ。笑みが中途半端な形で固まった。

「彼が何か?」彼女の様子に気づいたらしく、汤川が讯いた。

「あ、いえ」靖子はぎこちない笑みのまま、かぶりを振った。「お隣さんなんです。いつも买いに来てくださって……」

上海龙凤shlf最新地址「そうらしいですね。彼からこの店のことを闻いて、それで一度食べてみようと思ったんです」

「ありがとうございます」靖子は头を下げた。

「彼とは大学の同窓生でしてね」汤川は石神のほうを振り返った。「つい先日も、部屋へ游びに行ったんです」

上海龙凤shlf最新地址ああ、と靖子は颔いた。

「彼からお闻きになりましたか」

上海龙凤shlf最新地址「ええ、少しだけ」

「そうですか。ところで、お荐めの弁当はどれですか。彼はいつも何を买うんですか」

上海龙凤shlf最新地址「石神さんは大抵おまかせ弁当ですけど、今日は売り切れてしまって……」

「それは残念だなあ。じゃあ、どれがいいかな。どれもおいしそうだなあ」

上海龙凤shlf最新地址汤川が弁当を选んでいる间、石神はガラス戸越しに外の様子を窥っていた。どこかで刑事が见张っているかもしれないと思ったからだ。靖子と亲しげにしているところなど、彼等に决して见られてはならない。

いやそれ以前に、と石神は汤川の横顔に目をやった。この男を信用してもいいのだろうか。警戒する必要はないのか。あの草薙という刑事と亲友であるからには、今ここでの様子も、この男を通じて警察に伝わるかもしれないのだ。

上海龙凤shlf最新地址その汤川はようやく弁当のメニューが决まったようだ。靖子がそれを奥に伝えている。

上海龙凤shlf最新地址その时だった。ガラス戸を开けて、一人の男が入ってきた。何気なくそちらを见た石神は、思わず口元を引き缔めた。

ダークブラウンのジャケットに身を包んだ男は、つい先日、アパートの前で见た人物に相违なかった。タクシーで靖子を送ってきた。二人が亲しげに话しているのを、石神は伞をさして见つめていた。

男のほうは石神に気づかぬ様子だ。奥から靖子が戻ってくるのを待っている。

やがて靖子が戻ってきた。彼女は新たに入ってきた客を见て、あら、という顔をした。

男は何もいわない。笑顔で小さく头を下げただけだ。话をするのは邪魔な客がいなくなってから、とでも考えているのかもしれない。

この男は何者だ、と石神は思った。どこから现れ、いつの间に花冈靖子と亲しくなったのか。

タクシーから降りてきた时の靖子の表情を、石神は今もはっきりと覚えている。それまでに见たことのない华やいだ顔をしていた。母亲でも弁当屋の店员でもない顔だった。あれこそが彼女の本当の姿ではないのか。つまりあの时彼女が见せたのは女の顔だったのだ。

俺には决して见せない顔を、彼女はこの男には见せる。

石神は谜の男と靖子とを、交互に见つめた。二人が挟む空気が揺らいでいるように感じられた。焦りに似た感情が石神の胸に広がっていた。

上海龙凤shlf最新地址汤川の注文した弁当が出来上がってきた。彼はそれを受け取って代金を支払うと、「お待たせ」と石神にいった。

上海龙凤shlf最新地址『べんてん亭』を出て、清洲桥の脇から隅田川べりに降りた。そのまま川に沿って歩きだす。

上海龙凤shlf最新地址「あの男性がどうかしたのかい」汤川が讯いてきた。

「えっ?」

「後から入ってきた男の人だよ。何だか君が気にしている様子だったから」

石神はぎくりとした。同时に、旧友の慧眼《けいがん》に舌を巻いた。

「そうだったかな。いや、全然知らない人だ」石神は悬命に平静を装った。

上海龙凤shlf最新地址「そうか。それならいいんだ」汤川は疑った表情を见せなかった。

「ところで急用というのは何なんだ。弁当を买うのだけが目的じゃないだろう」

「そうだった。肝心のことをまだ话してなかった」汤川は顔をしかめた。「さっきも话したように、あの草薙という男は、何かというと仆のところに面倒な相谈事を持ち込んでくる。今度も、弁当屋の女性の隣に君が住んでいると知って、早速やってきた。しかも、じつに不愉快なことを頼んできた」

「というと?」

「警察では、依然として彼女を疑っているらしい。ところが、犯行を立证するものは何ひとつ见つけられないでいる。そこで、彼女の生活を何とか逐一监视したいと考えている。でも、见张るといったって限界がある。で、目をつけたのが君のことだ」

「まさか俺にその监视役をやれとでも?」

汤川は头を掻いた。

上海龙凤shlf最新地址「その、まさか、だよ。监视といっても四六时中见张ってるわけじゃない。ただ、隣の部屋の様子に少し気をつけて、何か変わったことがあれば连络してほしい、ということだ。要するにスパイをしろってことだ。全くもう図々しいというか、失礼なことをいう连中だ」

「汤川は、それを俺に依頼しに来たというわけか」

「もちろん、正式な依頼は警察からくるだろう。その前に打诊してくれと頼まれたんだ。仆としては君が断っても构わないと思うし、断ったほうがいいとさえ思っているんだけど、これもまあ浮き世の义理というやつでね」

汤川は心底弱っているように见えた。しかし警察が民间人にそんなことを頼むだろうか、とも石神は思った。

「わざわざ『べんてん亭』に寄ったのも、それと関系があるのか」

「正直いうとそうなんだ。その容疑者の女性というのを、一度この目で见ておきたくてね。だけど、彼女に人を杀せるとは思えないな」

自分もそう思う、といいかけて、石神はその言叶を呑み込んだ。

「さあね、人は见かけによらないからな」逆に、そう答えた。

「たしかにね。それで、どうだい。警察からそういう依頼が来た场合、承诺できるかい」

石神は首を振った。

上海龙凤shlf最新地址「正直なところ、断りたいな。他人の生活をスパイするなんて趣味に合わないし、そもそも时间がない。こう见えても忙しいんでね」

上海龙凤shlf最新地址「だろうな。じゃあ、仆のほうから草薙にそういっておこう。この话はここまでだ。気を悪くしたなら谢る」

上海龙凤shlf最新地址「别にそんなことはないさ」

上海龙凤shlf最新地址新大桥が近づいてきた。ホームレスたちの仮住まいも见える。

「事件が起きたのは三月十日、とかいってたな」汤川がいった。「草薙の话では、その日、君はわりと早くに帰宅したそうだね」

「特に寄るところもなかったからな。七时顷には帰った、と刑事さんには答えたんじゃなかったかな」

「その後は例によって、部屋で数学の超难问と格闘かい?」

「まあ、そんなところだ」答えながら石神は、この男は俺のアリバイを确认しているんだろうか、と考えた。もしそうだとしたら、何らかの疑いを石神に対して抱いていることになる。

「そういえば、君の趣味について闻いたことがなかったな。数学以外に何かあるのかい」

上海龙凤shlf最新地址石神はふっと笑った。

「趣味らしい趣味はない。数学だけが取り柄だ」

「気分転换はしないのか。ドライブとか」汤川は片手でハンドルを操る格好をした。

「したくともできない。车がないからな」

「でも免许は持っているんだな」

「意外か」

上海龙凤shlf最新地址「そんなことはない。忙しくても、教习所に通う时间ぐらいはあるだろうからな」

「大学に残ることを断念した後、大急ぎで取りに行った。就职に役立つかもしれないと思ってね。実际には、何の関系もなかったが」そういった後、石神は汤川の横顔を见た。

「俺が车を运転できるかどうかを确认したかったのか」

上海龙凤shlf最新地址汤川は心外そうに瞬きした。「いや。どうして?」

「そんな気がしたからだ」

上海龙凤shlf最新地址「别に深い意味はない。君でもドライブぐらいはするのかなと思っただけだ。それに、たまには数学以外の话をしたいと思ってね」

上海龙凤shlf最新地址「数学と杀人事件以外の话、だろ」

皮肉のつもりだったが、はははと汤川は笑った。「うん、そのとおりだ」

上海龙凤shlf最新地址新大桥の下にさしかかった。白髪头の男が锅をコンロに载せ、何かを煮ていた。男の脇には一升瓶が置かれていた。ほかにも何人か、ホームレスが外に出ている。

「じゃぁ、仆はこれで失礼する。不愉快なことを闻かせて申し訳なかった」新大桥の横の阶段を上がったところで汤川はいった。

上海龙凤shlf最新地址「草薙刑事に谢っておいてくれ。协力できなくてすまないと」

「谢る必要なんてない。それより、また会いに来てもいいかな」

「そりゃあ构わないが……」

「酒を饮みながら、数学の话をしよう」

上海龙凤shlf最新地址「数学と杀人事件の话、じゃないのか」

汤川は肩をすくめ、鼻の上に皱を作った。

上海龙凤shlf最新地址「そうなるかもな。ところで、数学の新しい问题をひとつ思いついた。暇な时に考えてくれないか」

「どういうのだ」

上海龙凤shlf最新地址「人に解けない问题を作るのと、その问题を解くのとでは、どちらが难しいか。ただし、解答は必ず存在する。どうだ、面白いと思わないか」

「兴味深い问题だ」石神は汤川の顔を见つめた。「考えておこう」

上海龙凤shlf最新地址汤川はひとつ颔き、踵を返した。そのまま通りに向かって歩きだした。